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東京地方裁判所 昭和60年(刑わ)2933号 判決

被告人 青山吉彦

昭三六・一・九生 会社役員

主文

一  被告人を懲役一年六月及び罰金三五〇〇万円に処する。

二  右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

三  この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都町田市中町二丁目一七番二〇号に居住して不動産賃貸業を営み、実父青山藤吉郎の死亡(昭和五八年二月二七日)により同人の財産を他の相続人と共同相続した者であるが、

第一  分離前相被告人清水文平、同岸廣文、同松崎繁昭、同森岡洋及び同海老原洪植と共謀のうえ、架空債務を計上して、課税価格を減少させる方法により被告人の相続税を免れようと企て、昭和五八年八月二六日、東京都町田市中町三丁目三番六号所在の所轄町田税務署において、同税務署長に対し、被相続人青山藤吉郎の死亡により同人の財産を相続した相続人全員分の正規の相続税課税価格は一一億三三九八万三〇〇〇円で、このうち被告人青山吉彦分の正規の課税価格は四億七一八五万三〇〇〇円であつた(別紙(1)相続財産の内訳(略)及び別紙(2)脱税額計算書(略)参照)のにかかわらず、右藤吉郎には株式会社広洋に対して借入金二億円及びこれに対する未払利息七八五万七一四三円の債務があり、その全額を被告人において負担すべきこととなつたので、取得財産の価額からこれを控除すると相続人全員分の相続税課税価格は九億二六一二万五〇〇〇円で被告人分の課税価格は二億六三九九万五〇〇〇円となり、これに対する同人の相続税額は九八〇四万三六〇〇円である旨の虚偽の相続税申告書(押収番号略、以下同じ。)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もつて不正の行為により同人の正規の相続税額一億八九五九万二〇〇円と右申告税額との差額九一五四万六六〇〇円(別紙(2)脱税額計算書(略)参照)を免れた

第二  被告人は、第一記載の相続税申告書に計上した株式会社広洋からの借入金二億円の債務の存在につき他の共同相続人から疑いを持たれたので、いつたんは同債務をその後共同相続人九名で均等に負担することに改め、被告人の課税価格は四億四一七七万三〇〇〇円でこれに対する相続税額は一億六三八六万一〇〇〇円である旨の修正申告書を前記町田税務署長に対して提出したものであるところ、前記清水、同松崎、分離前の相被告人亀山輝雄及び同上田徹と共謀のうえ、更に被告人の相続税を免れようと企て、昭和五八年一二月二二日、前記町田税務署において、同税務署長大西啓夫に対し、真実はそのような事実がないのにかかわらず、前記藤吉郎の借入金二億円は共同相続人九名で均等に負担するのではなく、被告人が単独で負担することとなつたうえ、右藤吉郎には右上田に対して借入金三億円の債務があり、このうち二億五〇〇〇万円を被告人が負担すべきこととなつたので、これら借入金合計四億五〇〇〇万円等を控除すると被告人の課税価格は一三九九万五〇〇〇円でこれに対する相続税額は四三〇万七七〇〇円となる旨の内容虚偽の相続税の更正の請求書を内容真実なるもののように装つて提出して右相続税の減額更正を求め、更に、同日、同所において、右更正の請求書を受理した同税務署総務課長劔持哲司に対し、右亀山及び同上田において、こもごも同請求書の記載と同様の詐言を申し向けたり、「上田はんはいろいろ事業をやつてて金持ちなんですわ。」、「それ位貸す金持つてますわ。」、「間違いありまへん、そやからはよう決定を出したつてや。」などと虚構の事実を申し向け、もつて不正の行為により右修正申告にかかる相続税額と右更正請求書記載の税額との差額(ただし、判示第一の相続税ほ脱罪と評価が重複する六五八一万七四〇〇円、判示第一の申告の際に相続税本税分として納付した四万三六〇〇円及び右修正申告の際に同じく納付した一万七四〇〇円を控除)九三六七万四九〇〇円を免れた

第三  前記清水、同上田及び同松崎と共謀のうえ、被告人が昭和五八年中に土地を売却したことによる被告人の同年分の所得税を免れようと企て、被告人に右上田に対する二億三〇〇〇万円の架空の連帯保証債務を計上するとともにその履行のために右土地を譲渡し、かつ、その履行に伴う求償権の行使ができなくなつたかのごとく仮装するなどの方法により所得を秘匿したうえ、昭和五八年分の被告人の実際総所得金額が一二一一万七一七二円で、分離課税による長期譲渡所得金額が一億九一六一万七二七九円であつた(別紙(3)修正損益計算書(略)参照)のにかかわらず、同五九年三月一三日、前記町田税務署において、同税務署長に対し、その総所得金額が一二一一万七一七二円でこれに対する所得税額は源泉所得税額を控除すると二〇七万七八〇〇円であり、分離課税による長期譲渡所得金額は所得税法六四条二項によつて零となるからこれに対する所得税額はない旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もつて不正の行為により同五八年分の正規の所得税額六二六九万五五〇〇円と右申告税額との差額六〇六一万七七〇〇円(別紙(4)脱税額計算書(略)参照)を免れた

ものである。

(証拠の標目)(略)

(争点に対する判断)

一  弁護人は、被告人は、判示第二及び第三の罪について、他の共犯者と共謀した事実はない旨主張するので、この点について検討する。

被告人及び弁護人において証拠とすることに同意し、当公判廷において取調べられた被告人及び共犯者らの検察官に対する各供述調書など関係各証拠によつて認められ、また被告人及び弁護人においても争わない客観的事実は以下のとおりである。被告人青山は、判示第一のとおり、被告人の母菊地キヨのおじである清水文平、同人を通じて紹介を受けた岸廣文、同松崎繁昭、同森岡洋及び同海老原洪植と共謀のうえ、自己の相続税九一五四万六六〇〇円を免れたが、右脱税の報酬として、ほ脱税額の半分を右岸に渡すという約束であつた。ところが、遺産分割の調停の場で、青山藤吉郎が株式会社広洋から借りたという二億円の架空債務の存在について先妻側の相続人から疑いを持たれたので、嘘が発覚するのを恐れた被告人は、清水と相談のうえ、判示第二記載の修正申告を行つたが、右修正申告書の写を海老原を介して清水に渡した。松崎は、前記のとおり被告人の相続税のほ脱に関与することによつて利益を得ようとしていたが、海老原ないし清水から右修正申告書の写を送付されるとともに、修正申告にかかる相続税額を不正の行為により減額することを依頼されてこれを引き受け、更に解放同盟荒本支部の亀山輝雄、上田徹に協力を要請してその承諾を得た。そして松崎は、昭和五八年一一月二日、亀山及び上田らと共に上京し、帝国ホテルにおいて清水及び被告人青山らに対し、税金を安くしてくれる人として亀山及び上田らを紹介し、顔合わせを行つたが、そのころ被告人は、相続税及び土地譲渡にかかる所得税を安くする報酬として、松崎らに対して二億円支払うことを承諾した。その後被告人は、更正請求書を税務署に提出した日である昭和五八年一二月二二日の数日前に、相続税の納付分として修正申告税額をはるかに下回る二〇〇〇万円を用意するようにとの連絡を受け、更正請求をした同月二二日、税務署に行く前に、被告人、清水、亀山、上田及び松崎らが東京都町田市中町所在のレストラン「フオルクス」に一同に会した際に右の現金を持参したが、席上、被告人青山は、架空債務を記載した金銭消費貸借契約証書を見せられ、同証書に押印する必要から、父藤吉郎の実印を取りに自宅に戻り、同証書は右印鑑を使用して完成された。同日午後一時すぎころ、亀山、上田及び被告人青山の母親らは町田税務署に行き、更正請求書及び内容虚偽の右証書などを提出するとともに、判示第二の言動に及び、その際、被告人、被告人の妹及び同人らの母親の相続税として、更正請求書記載の税額である合計一六三三万円余を納付した。更正請求書提出後、右の者らは前記「フオルクス」に戻つたが、上田は名刺の裏に昭和五九年三月の申告については必ず協力する旨の誓約証を書き、右誓約証は被告人に渡された。ところで、被告人は、約束した二億円の報酬を支払うために町田市中町四―四〇七の約三〇〇坪の土地を売却し、右土地の譲渡所得税は約八〇〇〇万円と聞いていたものであるが、被告人の所得税の確定申告をした昭和五九年三月一三日、税務署に行く前に、被告人清水の長男利文、上田及び松崎らが「フオルクス」に一同に会した席上、被告人青山は、自己が二億三〇〇〇万円の債務の連帯保証人となつている旨の記載がある内容虚偽の金銭消費貸借契約証書を見せられたうえ、松崎から被告人青山及び被告人の妹の所得税の合計額が九〇〇万円余となる旨を告げられた。その後、同席していた部落解放同盟大阪府連合会荒本支部の者が被告人青山の所得税の確定申告書を町田税務署に提出した。この間、被告人は、税を安くしてくれた報酬として、共犯者らに対し、昭和五八年一二月二三日ころ三〇〇〇万円、同五九年一月一七日ころ一億五〇〇〇万円を支払うなどしているものである。

右事実によれば、判示第二及び第三の各犯行における具体的な不正手段の発案、実行や更正請求、所得税申告に伴う税務署との交渉等は、松崎、上田らの共犯者において行つたものであるとしても、被告人は、自己の相続税及び所得税を免れる目的で右の者らに脱税工作を依頼し、その指示に従つて会合に出席したり、印鑑や納付すべき税金を用意し、かつ同人らに対する報酬の支払いもしているのであつて、判示各犯行は、被告人の依頼に基づくものであることが明らかであるうえ、被告人は、遅くとも更正請求及び所得税申告の当日、各犯行における不正手段の内容を告げられ、これを了承したことが認められる。以上の事実を総合すれば、被告人は、いずれも判示第二及び第三で各認定した他の共犯者と共謀のうえ、判示第二及び第三の罪を犯したと認めることができるのであり、共謀を認めた被告人の検察官に対する供述調書の内容も右事実にそうものであつて十分信用し得ると言うべきである。被告人の当公判廷における供述も右認定を左右するものではない。

よつて、弁護人の右主張は採用できない。

二  判示第二の主位的(本位的)訴因は、「被告人青山は、第一記載の相続税申告書に計上した株式会社広洋からの借入金二億円の債務をその後共同相続人九名で均等に負担することに改め、被告人青山の課税価格は四億四一七七万三〇〇〇円でこれに対する相続税額は一億六三八六万一〇〇〇円である旨の修正申告書を前記町田税務署長に対して提出したものであるところ、被告人青山、同清水、同亀山及び同上田は、前記松崎らと共謀の上、更に被告人青山の右修正申告にかかる相続税の支払を免れようと企て、昭和五八年一二月二二日、前記町田税務署において、同税務署長大西啓夫に対し、真実はそのような事実がないのにかかわらず、前記藤吉郎の借入金二億円は共同相続人九名で均等に負担するのではなく、被告人青山が単独で負担することとなつた上、右藤吉郎には被告人上田に対して借入金三億円の債務があり、このうち二億五〇〇〇万円を被告人青山が負担すべきこととなつたので、これら借入金合計四億五〇〇〇万円等を控除すると同被告人の課税価格は一三九九万五〇〇〇円でこれに対する相続税額は四三〇万七七〇〇円となる旨の内容虚偽の相続税の更正の請求書を内容真実なるもののように装つて提出して右相続税の減額更正を求め、更に、同日、同所において、右更正の請求書を受理した同税務署総務課長剣持哲司に対し、被告人亀山及び同上田において、こもごも同請求書の記載と同様の詐言を申し向けたり、「上田はんはいろいろ事業をやつてて金持ちなんですわ。」「それ位貸す金持つてますわ。」、「間違いありまへん、そやからはよう決定を出したつてや。」などと虚構の事実を申し向け、右剣持から報告を受けた前記大西をしてその旨誤信させて右請求どおり更正を行わせて右修正申告にかかる相続税額との差額一億五九五五万三三〇〇円の支払を免れようとしたが、同税務署長において右藤吉郎の債務の存在に疑念を抱き右請求に対する更正を留保したため、その目的を遂げなかつたものである。」というものであり、検察官は、詐欺未遂を主張するので、この点について検討する。

(一)  我が国における国の租税に関する規定は、国税通則法を中心に各種税法、国税徴収法、国税犯則取締法などにおいて定められているが、これらを総合したいわゆる租税法の体系を考えるとき、これらの規定は租税に関する固有の領域において、民事、刑事の一般法に対して優先的に適用されるべきものとしてほぼ完結的な法体系をなしているとみることができるのである。そして、租税債権の成立から徴収に至るまでの各段階において予想されるもろもろの違反行為についても、これら税法において違反行為の態様ごとに犯罪類型を定型化して立法されているものと考えられる。したがつて、具体的な違反行為が税法の予定する犯罪類型に該当するかぎり、税法の適用を優先すべきものであつて、軽々に一般法たる刑法の適用を論ずべきものでないことは多言を要しない。

(二)  ほ脱犯について相続税法六八条一項は、「偽りその他不正の行為により相続税又は贈与税を免れたものは五年以下の懲役若しくは五〇〇万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。」と規定し、所得税法二三八条一項、法人税法一五九条一項などと同様のものであるが、検察官は、右のほ脱犯は、申告納税制度を前提として規定され、申告によつて抽象的租税債権を具体的租税債権に確定させる段階における内容の真実性を保護法益とした犯罪、すなわち、ほ脱犯の規定は未だ確定していない納税額を確定する際に、過少な税額を記載した確定申告書を提出するなどして納付すべき確定税額をことさら正当税額より過少に確定させ、差額分に対する納税義務を免れたものを処罰する趣旨であると解すべきであり、したがつて、このような類型に含まれない行為例えば、詐術を弄して既納の税金の還付を受け、又は既確定の租税債務の納付を免れる行為は、国を相手とするそれぞれ一項又は二項詐欺を構成すべきものであると主張する。

しかし、相続税法等におけるほ脱犯は、国家的法益としての国の課税権を保護法益とする犯罪であり、右の課税権を保護するため、法は、納税者が納税義務を履行しないことにより国の租税債権を侵害し、租税収入の減少を来たす行為のうち、偽りその他不正行為を伴うものをほ脱犯として処罰することとしたものであつて、所論のように申告時における内容の真実性ないし抽象的租税債権のみを保護法益とするものと解すべきではなく、したがつて、ほ脱犯の成立範囲を所論のように申告時における未確定の租税債権の過少確定行為に限定すべき理由はない。たしかに、申告納税制度は、納付すべき税額が納税者のする自主申告により確定することを原則とし(国税通則法一六条一項一号)、したがつて、申告納税制度のもとでは、納税者が申告にあたり納付すべき税額を虚偽過少に確定させることによつて正規税額と申告税額との差額を免れる行為が右のほ脱犯の原則的犯罪類型となるものではあるが、それは、法が納税者の自主申告によつてまず正しい納税義務の履行を期待しているところから、納税者が法の期待に反して税を免れる意図で虚偽過少の申告をし、納期までに正しい納税をしないことにより、国の租税収入が減少することとなるからにほかならないのであつて、この場合、課税要件の充足によつてもたらされる抽象的租税債権が納税者の申告により具体的確定を妨げられたことが直ちに租税収入の減少につながるわけではないのである。もちろん、虚偽過少申告等によつて正当税額より少ない税額において租税債務が確定された場合、申告納税制度においては、更正という別個の行政行為を必要とするのに反し、正当税額において租税債務が確定すれば、この給付は国において強制することもできるので、租税債権の満足を得ることがたやすくなるということは否定できないが、税の確定手続は納税義務の履行ないし強制への一過程にすぎず、「納税義務の適正な履行」そのものではない。ほ脱犯の構成要件上も右のような意味における確定妨害を要件とするものとは解されない。また、右国税通則法の規定によれば、申告納税制度においても、納税者の申告による納付税額の確定は、あくまで原則であり、納税者の申告がない場合又はその申告に係る税額の計算が国税に関する法律の規定に従つていなかつた場合その他当該税額が税務署長の調査したところと異なる場合には、税務署長の処分により確定するものとしているのであり、申告による税額の確定は、その後の行政処分による確定がない場合の一応のものということができるのであつて、いつたん申告により納付すべき税額が確定し、一応具体的租税債権に転化した後においても、不正行為によりその義務の履行を免れることにより租税収入の減少を来たす場合には、法は、これをほ脱犯として処罰することを予定しているものと解すべきである。

もつとも、法人税法一五九条一項は、「第七十四条第一項第二号(確定申告に係る法人税額)(中略)に規定する法人税の額につき法人税を免れ」と規定し、あたかも同条のほ脱罪が確定申告時における税ほ脱行為に限定して成立するかのごとくである。しかし、右規定は、同法七四条一項二号と統一的に解釈すると、「正当な税額計算の方法により計算した法人税額」の意味に理解されるのであり、したがつて、右規定を根拠としてほ脱犯の対象となる行為を確定申告時のそれに限定することはできない。この点は所得税法二三八条一項の規定についても同様である。

次に、検察官は、物品税法には四四条一項二号において不正受還付罪の規定が設けられているのに対し、相続税法、所得税法等には更正請求に基づく不正受還付については何ら規定が設けられていないことを理由に、税法が、このような場合には一般法たる詐欺罪の適用を予定していると主張する。物品税法四四条一項二号は、課税済みの物品を輸出し、特殊用途に供し又は返還し若しくはもどし入れた場合等に納付済みの物品税の還付を受けることができる旨の規定を利用し、不正の行為により、還付を受け又は受けようとした場合をほ脱犯と同様に扱つている。そして、納付済みの税金に係る不正受還付犯の規定は、所得税法二三八条一項(純損失の繰戻しによる不正受還付)及び法人税法一五九条一項(欠損金の繰戻しによる不正受還付)にも存するのであるが、これらは、税の納付により国の租税債権が消滅した後において、新たな事由を主張して国から不正に還付を受ける点において通常のほ脱犯の類型には入らず、国を相手方とする詐欺罪に酷似するものであるところ、税法上納付済みの税金を後発的事情によつて還付できる旨の規定が設けられており、当該規定に基づき納税者が不正に税金の還付を受ける行為は、納付前の税金を免れる行為と同様の行政犯的性質を持つているところから、法はこれを詐欺罪とは異なる刑罰をもつて臨むこととし、ほ脱犯の一類型としたものと解すべきであるから、右規定を根拠に、検察官所論のように、同一の課税要件に基づく税額確定後の内容虚偽の更正請求を伴う不納付をほ脱犯に問擬できないものではないのみならず、より詐欺罪に酷似する右の不正受還付犯を法がほ脱犯の一種として規定した趣旨に従えば、右更正請求を伴う不納付はよりほ脱犯の類型に親しむものである。

また、終戦前の相続税法は賦課課税方式を採用していたが、当時の同法二四条は、「相続税ノ逋脱ヲ図リ又ハ逋脱シタル者」と規定し、未遂をも処罰していたところ、昭和二二年の申告納税制度の導入により未遂罪の規定が削除されて今日に至つている。しかし、所得税法も終戦前は賦課課税方式を採用していたところ、当時のほ脱犯には未遂を既遂と同様に処罰する規定がなかつたものであり、したがつて、申告納税制度の採用に伴う前記相続税法の改正は、罰則を所得税法と統一的に整備したにすぎないもので、申告納税制度の採用により、ほ脱犯の対象となる行為を特に税額確定前の行為に限定する趣旨に出たものと解すべきではない。現に申告納税制度の採用に伴う法改正当時の立法担当者の解説等によつても改正後のほ脱犯の対象となる行為を検察官所論のように限定していないことが明らかである。

以上によれば、納期限を徒過した後においても虚偽の期限後申告、虚偽修正申告、収税官吏に対する虚偽申立てその他の不正行為を行い、その当時なお履行が期待されている租税債務について、正しい履行をしなかつた時には租税債権が侵害されたと認められ、ほ脱犯が成立すると解されるが、右と同様、申告等により納税額が確定した後、税の納付を免れる目的で内容虚偽の更正請求を行うなどの不正行為を行い、正しい履行をしなかつた時にも、租税債権が侵害されたと認められるのであつて、租税法の体系上ほ脱犯として処罰することが予定されていると解される。

(三)  これを本件についてみるに、被告人青山は、判示第一の犯行により不正の行為により正規の相続税額を大巾に下回る相続税申告書を提出し、正規税額と申告額との差額九一五四万六六〇〇円を納期限までに納付しないことによつて同額の相続税を免れたものであるが、納期限後、右ほ脱にかかる相続税のうち、六五八一万七四〇〇円の相続税納付義務を新たに認める修正申告をした。しかし、右修正申告は、先に納期限を徒過したことにより成立した前記ほ脱罪の成否になんら影響するものではないところ、同被告人は更に、判示第二記載のとおり、新たに架空債務を計上するなどして、右修正申告に基づく確定税額を四三〇万七七〇〇円に減額すべき旨の更正請求書を提出し、これを受理した町田税務署担当者に対し、請求書の内容が真実であるかのように欺罔工作を行つたのであり、このような場合には、被告人青山において未納付の相続税につき、更正請求書において納税義務の存在を認める部分を越える税額について、これを納付しない態度を表明しているのであるから、法の期待する正しい納税義務を履行しない意思が確定的に表現されたものとして、税務署長による更正処分のいかんに拘わらず相続税ほ脱犯(既遂)が成立するものというべきである。

したがつて、主位的訴因は採用できず、予備的訴因に従うこととなるが、判示第二の犯行により被告人青山が不納付の意思を表明したのは、修正申告した税額一億六三八六万一〇〇〇円と右減額更正請求書において納税義務を認めた四三〇万七七〇〇円との差額一億五九五五万三三〇〇円であるが、このうち六五八一万七四〇〇円(修正申告税額から判示第一の申告税額を引いた額)については、すでに判示第一の犯行により成立した相続税ほ脱罪により評価済みであるからこれを控除し、また右判示第一の犯行の際、同被告人は相続税本税分として四万三六〇〇円を納付し、更に、右修正申告の際に同じく一万七四〇〇円を納付済みであるので、これを控除した分についてほ脱犯の成立を認めた次第である。

三  更に弁護人は、公訴事実第一の保護法益と同第二の予備的訴因のそれとは同一であるから別罪を構成しない旨主張するが、前記二で述べたとおり、相続税法六八条一項にいうほ脱犯は、租税債権確定の前後を問わず、税の納付を免れる目的で偽りその他不正の行為により納期限において税を納付しないことにより租税収入の減少をもたらす行為を、国の租税賦課権ないし租税債権の侵害として処罰する趣旨であると解すべきであるから、判示第一の所為によりほ脱された残りの税についてもほ脱罪でもつて保護する必要性があり、他に新たな判示第二のほ脱行為が存する以上、判示第一により評価されていない部分については、別罪を構成するものと解するのが相当である。

よつて、弁護人の右主張は採用できない。

(法令の適用)

一  罰条

判示第一及び第二の各所為につき、いずれも刑法六〇条、相続税法六八条一、二項、判示第三の所為につき、刑法六〇条、所得税法二三八条一、二項

二  刑種の選択

判示各罪につき、いずれも懲役刑及び罰金刑の併科

三  併合罪の処理

刑法四五条前段、懲役刑につき同法四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第二の罪の刑に加重)、罰金刑につき同法四八条二項

四  労役場留置

刑法一八条

五  刑の執行猶予

懲役刑につき刑法二五条一項

(量刑の事情)

本件第一の犯行は、被告人青山の相続税を不正に免れるため、共犯者清水、同海老原及び同森岡を通じて同岸らの脱税請負グループに接触し、同人らを含めて判示の共謀を遂げ、相続税法一三条の規定を悪用して二億円の架空債務を計上することとしたが、税務調査に備えて右岸らが領収証をねつ造し、更に虚偽の借用証書を被告人青山らにおいてねつ造することにしたうえ、情を知らない税理士をして被告人の相続税の申告をさせて、九一五四万円余をほ脱したというものであり、また、判示第二の犯行は、同第一の犯行で計上した債務の架空であることが発覚するのを恐れた被告人青山が、修正申告した後、更に相続税を免れようと企て、共犯者清水、同松崎に加えて、部落解放同盟大阪府連合会荒本支部書記長である共犯者亀山及び同支部の実力者の一人である同上田と共謀のうえ、架空債務を更に三億円計上するなどして、九三六七万円余をほ脱したというものであり、判示第三の犯行は、所得税法六四条二項の規定を悪用して所得税六〇六一万円余をほ脱したというものであつて、その犯行態様は計画的かつ巧妙で、ほ脱税額の合計は二億四五〇〇万円余と高額であり、ほ脱率も、相続税法違反が第一と第二を合算すると約九七パーセント、所得税法違反も土地の長期譲渡所得税については一〇〇パーセントといずれも高率であり、加えて、同和団体の勢威を背景に判示第二の更正請求行為及び同第三の申告行為を行うなど全体としての犯情も悪質である。もつとも、本件の一連の犯行のきつかけとなつた判示第一の犯行の経過においては、被告人青山に積極的に脱税をもちかけたのは清水及び海老原で、それを岸らの脱税請負グループと結びつけたのは森岡であり、脱税方法を発案し、領収証をねつ造し、更に、借用証書のねつ造を命じたのは、岸及び松崎であり、右犯行が他の共犯者主導で行われたことは事実であるとしても、納税の当事者として脱税により直接の利益を受けるのは被告人青山であり、同被告人の承諾なくしては本件はいずれも成り立ち得なかつたのみならず、被告人自身、判示第一の犯行では架空債務と熟知しながら税理士に対して申告書に右債務を計上させて提出させるなどし、また、税務調査に備えて申告後に借用証書をねつ造し、更に、右債務の虚偽性を疑われるや、修正申告して発覚を防いだうえ、第二及び第三の犯行に及んでいるなど、その関与の程度も小さくなかつたことを考えると、清水及び海老原らの誘いに安易に乗り、各共犯者と共謀して本件各犯行に及んだ被告人の責任は、軽視できないといわなければならない。

しかしながら他方、被告人は、本件各犯行において清水ら共犯者の指示どおりに行動するなど実行の面においては他の共犯者に比較して従属的立場にあつたと認められるうえ、岸らに対し、報酬及び税金として合計約二億四五〇〇万円を渡しており、したがつて、脱税による利得は被告人(青山)の手元には殆んど残つておらず(ただし、本件発覚後共犯者らから約一億九〇〇〇万円の返還を受けた。)、他の共犯者の報酬、手数料稼ぎに利用されたとの面も存すること、相続税及び所得税につき、いずれも修正申告のうえ、各本税を完納し、重加算税等についても近く完納予定であること、今後は真面目に生活して、少しでも社会の役に立ちたいと述べるなど反省の態度を表わしていること、被告人は正業を有する社会人でこれまで前科前歴がないこと等、被告人に有利に斟酌すべき事情も認められるので、これらを総合考慮して、懲役刑については今回に限りその刑の執行を猶予するのが相当であると判断し、主文のとおり量定した次第である。

(求刑 懲役一年六月及び罰金五〇〇〇万円)

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 小泉祐康 石山容示 鈴木浩美)

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